日々ありがとうございます。

紅葉が美しい季節となりました。インフルエンザやコロナ感染もまだまだ発症しております。お互いさま気をつけていきましょう。先月は、新潟十日町へ開祖さま生誕地まつりに5年ぶりに行かせていただきました。晴天にも恵まれ笑顔いっぱいで感謝と誓願をして帰って参りました。安全祈願をして見送ってくださいまして誠にありがとうございました。

今月の会長先生のご法話は「愚痴はほどほどに」です。愚痴の病を癒やすには何が大切なのかをご指導くださっております。「愚痴をこぼす」とは、「いっても仕方のないことをいって嘆く」また、「知(知性・知識・知恵)」が「病(やまい)」にかかっているからとも教えていただきます。

人間には、心があり、知性が具わり、助け合いながら生きていく能力があるが、その同じ心で自己中心の欲望や怒りをつのらせ、自他を苦しめる愚を繰り返します。心の持ち方で明暗が分かれることにもつながります。

愚痴の病を癒やすには、縁起観を教え、自分があらゆるものに生かされていることを知り、そのイメージをふくらませてみることで、感謝の生活ができれば愚痴はおのずから減ってくるとご指導いただきます。しかし、やるせない気持ちで吐く愚痴や弱音は、時には必要なものかもと言っていただくと、何とも安心安堵した気持ちになります。そうして「いっても仕方がない」ということに自ら気づき、新たな気持ちで前を向く出発点になります。

また、人さまの愚痴を聞かせていただく受け皿のような私たちであることも大切であること、思いやりをもって、相手のつらい気持ちを聴ききる、弱音を吐いてもらい、「智慧の心」を一緒にさぐるなかに、お互いの心の健康と元気と人間的成長があることをお伝えくださっております。

法座で、目の前の人の仏性を拝みながら悩みを聞かせていただく中で、思いやりをもって、つらい気持ちや弱音を吐いてもらう受け皿のような境地にこちらがなっていくと、自然とお相手の心が和らぎ、ともに智慧の心をさぐりながら実践に結び付けていけるようになります。今後もより一層の努力精進をさせていただきたいと思います。

今月は、開祖さま生誕会の月です。開祖さまのご生誕をお祝いするとともに、今ある幸せをかみしめながら、自他ともに救い救われの布教精進させていただきましょう。どうぞよろしくお願い申し上げます。

合 掌

教会長 西 村 季 代 子