春は確かにすぐそこまで来ている感がするが、吹く風は冷たく、寒さに体が縮まる。家の辺りはまだ暗い。粉雪が散らつく早朝5時30分、神戸教会へ安全運転で向かう。無事に駐車場へ到着し、集合時間に間に合う。ほっと安堵する。こうした一つひとつの事を大切に、大事にしながら、感謝することが肝要と言い聞かせ、車中に乗り込む。そして、7~8時間の車中では、サービスエリアまであとどのくらい掛かるのだろうと、不安な思いもよぎることなく、楽しく時間が過ぎていった。その上に雪景色の富士山だ。車窓いっぱいに、角度を変えながら見える雄大な姿に歓声があがる
 

 式典は、阪神・淡路大震災20年慰霊式典で「一字一句意識してご供養することが大切です」とご講話くださった光祥さまの導師から始まった。つづいて、佼成合唱団の三帰依の仏賛歌斉唱。指揮者の身体全体からあふれる合唱への誘い。全身全霊から腕のしなり、手先の動きに私の心も躍動し、一緒にパーリ語で歌う。
 鈴木教会長さんの体験説法は、二度も癌を告知されながら、その都度すべてがおはからいと受け入れられた。一度目の時に「癌になった人は、命がけで感謝すること。謙虚さを忘れないこと」とご指導を頂かれた。そして、再登板で教会長のお役にと話があった時、ご主人は「貴女がどう思うかだね」育てのお母さんは「よかったね。やりがいのあるお役だからね。」と後押しをされた。いかなる時にあっても凛として、法を灯明とし、自らの道を照らして歩まれた人生。鈴木教会長のテーマは、やさしくなる。既にやさしいお方なのに、なお人格完成に向けて前向きである。私も少しでも前向きに生きようと思う。
 会長先生のご法話の始めに神戸教会が紹介され、「有難うございます」と一斉にお応えしたら「黄色い方々ですね」と笑顔で返された。黄色いジャンパーの神戸教会は、大聖堂から世界へ発信された。
 「いつもリラックスして、笑顔で時には冗談も言っていると、元気になります。そして、本来備わっている能力が発揮できます」とご指導くださいました。私は、卵を両脇にはさんで合掌する心持で物事に取り組もうと誓う。「限りある今、肉体を頂いているのは有難し、今、命あるは有難し。生と死を別々に捉えず、生の中に死もあるとひとつに考え、慈悲の精神で、思いやりを持って、一隅を照らしていく。悪びれず、ひるまず、いつもほんのりと」と結ばれた。私は、「悪びれずに」がいつまでも耳に残った。つまりは悪びれている証拠なのかもしれない。

 最後に、次兄と一緒に涅槃会団参に参加出来たお手配に感謝いたします。お互いに還暦を過ぎたが、三つ上はどこまでいってもバスの中でも三つ上。一緒に過ごした年数よりも離れて暮らす年数の方がずいぶんと長くなっている。なのに幼き頃の思い出は瞬時に蘇る。昔話に花が咲くのは、なんといっても両親のおかげさま。ああ有難し
 釈尊が最後に残された言葉は、
「すべてのものは移ろいゆく。怠ることなく、つとめなさい」
であったといいます。今を大事に精進いたします。
                                          合掌 U壮年部長

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