朝の拝読 一乗ブックレット 会長先生ご法話 2003 【長い目で見る】
その2 P20《周陀の特性を見抜かれた釈尊》

『私は愚かなために仏法を学ぶことができません」と言う周陀に、釈尊は「自分の愚かさを自覚しているものは、むしろ智者である」と語られ、一本のほうきを与えられて「塵(ちり)を払わん。垢(あか)を除かん」という文句を覚えるように命ぜられたのです。』(抜粋)

花カットシュリハンドクの話しですね。ずっとほうき一本で一生懸命修行されて、授記されました。続けていくと必ず悟りが開けるのです。いつも教えて頂いていることです。昨日、明日にとらわれずに今日頂いたいのちに感謝して、今日出来る菩薩行に集中して生きる事の大切さです。

いろんなコメントを最近ブログに頂いています。とても大きな励ましになります。
ある婦人部支部部長さんは、お給料が激減して困っているときに、私が「貧しさは、宝ですよ」と言い、その部長さんは心から感動されたとのことでした。本当に素晴らしい方です。私はその時そのときに集中して、真剣にお話していますので、忘れていましたが、いつも開祖さま、会長先生から、苦は宝の山と教えて頂いているおかげさま以外の何物でもありません。

なかなか貧しさや苦を宝と思えないかもしれませんが、毎日、こつこつこつこつ、菩薩行をさせていただいていますと、いつか必ず、そういう仏さまのお言葉が素直に受け取れるようになるのです。菩薩行、布施行をつまなければ、貧しさは宝ものとは永遠に受け止められません。受け止められた部長さんがまさしく菩薩さまなのです。

お話しすることが出来て、聞いて下さる方がいて、またブログを読んでくださる方がいることが、とても有り難いです。

今日も菩薩行に精進してまいりたいと思います。
と教会長さんより、メッセージを頂きました。(スタッフより)
ちなみに私(教会長自身)はあと一回朝のお話をする機会が28日にあると信じ込んでいて、実際は今日が最後の朝のメッセージであったことを、ご供養後にお話した後に支部長さんたちに教えていただいて初めて知りました。知らなかったから泣き虫な私が、さっぱりとお話できたのもお計らいでした。最後までおっちょこちょいの私でした。そんな私を二年間、暖かく、温かく、そしてやさしく受け入れてくださった皆さまに感謝、感謝、感謝の心で一杯です。皆さま、本当に本当に本当にありがとうございました。離れるのはとてもとてもつらいですが、次にお会いできる日を夢見て元気を出します。合掌