2016.12 60代 女性 「幸せを願う生き方」

両親は私が3才のときに離婚し、母は4人の子供を置いて家を出ました。父はすぐ再婚し、保証人になったことで借金を背負い、私たちを置いて逃げました。祖母と5人で細々と暮らし、私が小学一年生の時に祖母が亡くなりました。それからは一番上の姉が、中学を卒業後働きながら面倒をみてくれました。

姉の結婚と共に、私たち3人は再び母と暮らすことになりましたが「お母さん」とは呼べませんでした。高校卒業後すぐに結婚し、見知らぬ土地で寂しさや流産を経験し、不安もあり初めて自分から母に電話をし「お母さん」と呼ぶ事が出来ました。長男がぜんそくで頻繁に母の所へ行くようになり、朝早く台所に立つ母の姿に「母親っていいな」と初めてぬくもりを感じました。母は離婚後佼成会へ入会し、私たちの幸せを願い沢山の方を導き、精進をしていました。「佼成会は仏教大学に入っているのと同じ。お金もかからず行けるから有難い」と言っていました。

私は困った時だけ手を合わせる自分勝手な信仰でしたが、子供が成長し、ノイローゼになるような心配事が出来た時、佼成会に足を運び法座に入りました。「仏さまを信じなさい」という一言だけが心にスーッと入ってきました。それからは、朝夕のご供養、教会参拝など実践できるようになりました。自分の思い通りに変る事が救いと思っていましたが、子供のおかげで真剣に法を求められ、幸せを願う生き方に、私が変らせて頂けると解りました。

舅姑の二人の介護で体調も崩し、支部長のお役が出来なくなりました。「佼成会は親孝行の教え。今しっかり親孝行しなさい」と言ってもらい、それまで私を黙って支えてくれた主人の両親に親孝行させて頂きたいと心から思いました。その後、舅姑は亡くなりましたが、精一杯親孝行が出来た事に感謝しています。

人生を振り返り、子供を置いていった両親の思いはどんなだったろうと思え、お金で買えない教えを残してくれた98歳の母に感謝し、人の幸せを願える人生を歩みます。とお説法をしたことを母に伝え「生んでくれてありがとう」とお礼の言葉を言えた数日後、母は安らかな顔で亡くなりました。