2015.12  60代 女性 「共に生きていく」

私は、私生児で生まれました。実家へ帰った母は、悩んだ末に母の姉に相談し「力になるから産みなさ い」と言ってもらい決心したそうです。育ての親は弟夫婦、祖父母でした。夏場は畑仕事、冬は飯場に 住み込みをして、私と姉の学費を仕送りしてくれました。いじめられた時、父が居てくれたらとの思いになりました。

中学を卒業して「力になるよ」と言って下さった叔母の知人のもとで、10年間住み込みで働かせて頂きました。17歳の時、任された集金をせず「不渡手形」を出してしまい迷惑をかけました。そのことを許 してもらった感謝とお詫びの心でお布施ができるようになりました。
結婚の手配を頂き、大阪の社宅に来て、何も知らない私に主人と寮で一緒だったご夫婦が親身になって下さり、子供たちも可愛がってくれました。そのお宅で立正佼成会の法座があり、入会を決心しました。

主人の兄が筋肉が萎縮していく病気で、その病気を受け継いだ長男が30歳で亡くなりました。筋肉の病気を持つ娘と孫がおり、西宮市に住む娘夫婦の助けをしたいと豊中市に居た私は一緒に住みたいと家を探していました。なかなか見つからず、当時の野上支教区長さんの大法座で求道しました。三つの実践を打ち出していただき、ご指導を信じて実践しました。神戸教会の支部長さんに連絡をして下さり、最高の物件をお手配頂きました。

神戸へ転入し、文書布教員、放送のお役を頂き毎月志供養をする中、孫の登校ボランィアが決まりました。人さまの心配が出来るようにと主任のお役を頂き、幼児虐待で退去を言われた階下の方に、入学のお祝いをさせてもらいました。縁がつながり佼成誌を渡せました。
父に生を授けて頂いたおかげさまで人としての道を歩ませていただけるようになりました。私の苦労はわからないと閉ざしていた心を開いてくださったのは、支部のみんさんの温かいふれあいでした。教えのおかげさま、色んな苦難を乗り越える事ができました。明るく、優しく、温かく修行精進させて頂きます。