2015.02  30代 女性 「父が」

私は日ごろ、長男と心が通い合っていないんではないかという不安がありました。家庭教育講演会があり、所長さんから「朝起きたら、大きな声でおはようございますという。子供の目を見て話をし、感じていくことが大切」と教えて頂きました。所長さんの合図で、法座席の皆さん一斉に「山本さん」と呼んで下さり、「ハイ」と言わせて頂いた私は、温かさを感じ、からだが驚きと感動で震えていました。これが感じていくことだとわかりました。支部長さんからも「因縁が大きく変わる節目の日だから、今まで心配をかけた母に心を込めて生んでくれてありがとうございますと言わせて頂きましょう」とご指導いただきました。すぐに母にお礼を言うと、受話器の向こうで泣いているのがわかりました。

私は高校に入った途端、タバコを吸ったり、好き勝手に遊び歩きバイクに乗せてもらい事故で大怪我、退学処分に、父が先生に土下座をして頭を下げてくれました。帰り道、一言も話さない父の怖い姿を見て、父の気持ちに応えたいと思い、今までの友達との縁を切って、どうにか卒業しました。4人姉弟の2番目で愛情をかけてもらった記憶がなく、寂しい思いを埋めてくれる人を求めていました。

母は、どうにもならない私がきっかけで修行に出るようになりました。同居していた祖母は、母の本当の母でないことを聞きショックをでした。母は、温かい言葉をかけてもらうことがなかった為、4人の子供をどう育てていいか分からなかったことを話してくれました。両親の努力のおかげさま、幸せな家庭だったと今は心から思います。

父は阪神・淡路大震災にあい、翌年には肝臓癌で亡くなりました。何のお詫びの言葉も言えず本当に申し訳けない気持ちです。震災から20年を迎え、瓦礫の中に6時間埋もれ意識が遠のいていく中、何で私がこうなるのと最初は思っていましたが、親に心配ばかりかけてきたから、すぐには助けてもらえないのだと思いだしている時、大怪我をしていた父が「助けてください」と何人もの人にお願いしてくれて、奇跡的に助け出されました。私は、沢山の方々のおかげさまで救われ、粘り強くお願いしてくれた父のおかげさまで、今の私が存在します。感謝しかありません。

子育てで悩んでいましたが私が短気でせっかちだった為、ゆっくり子供のペースに合わせることが出来なかったからだと思いました。気づかせて貰ったのは、竹内主任さんが抱きしめて、いつも時間をかけて子供との触れ合い方を教えてくれたおかげさまです。真剣に向き合ってくれる主任さんの姿をお手本に子育てをさせて頂きます。