2014.03  50代 女性 「ご指導通り」

朝の集いで2月号の躍進に掲載して頂いたお礼を言わせて頂き、有難い気持ちで地下に向かう時、階段の踊り場から下まで落ち、肩、腰、お尻と打ち続け痛くて声も出ませんでした。支部長さんに結んで頂き、色々投げかけて頂くのですが思い当たることが無く、「教会長さんが朝のあいさつは、大好きな○○さんおはようございますと言われているのを聞いて、どう思われましたか?」聞かれました。

私は主人に「○○さんおはようございます」と言っているからと言うと「そこが違うと思うよ。ご指導が聞こえているけど聴いていないとも教会長さんが仰っていましたね。明日は必ず《大好きな》をつけて挨拶させて頂きましょう。主人に寄り添い、我を取る修行です」と教えて頂き、早速実践しました。主任研修でそのことを話していると、ケアマネージャーさんから電話が入りました。「施設に行きたいから迎えに来て」と姑さん自身から電話があったそうです。

同居して9年ずっと元気でしたが、尿毒症で入院してから、暴言を吐き、誰の言うことも聴かず、尿管が入っているので動こうともしませんでした。「前から施設に行きたかったのに金がかかると反対され、お風呂も入れてくれないし、食べさせてくれないし、叩かれる」とケアマネージャーさんに言ったそうです。何とかお風呂に入ってほしいと思っていましたので良かったです。支部長さんから「姑さんのように頑固な人は、自分が言った手前、頭を下げる事ができないから暴言を吐くのだと思うよ。嫁を悪者にしないとお風呂に入りたいと言えなかったのかもね」と言ってもらい、そういう見方もあるのかと思いました。

一月佼成で教えて頂いた、視点を変えてみるというのはこういうことだと思いました。「ご指導通りに実践したら、さっそく変化が出ましたね。挨拶の仕方ひとつでも、大まかな筋は通っているように受け止め、実践してきたかも知れないけど、実は自分流に変えてご指導通りにはしてなかったのではないですか?」と支部長さんに言われ、本当にそうだと思いました。姑の姿は自分の姿でした。

「腹が立ったり、許せない心があるから、結んで頂きたいという求める心につながるんですよ。そういう心にさせてくれる主人やお姑さんに感謝させて頂きましょう」と教会長さんに教えて頂きました。今までの修行は、問題解決の為や、自分の思う結果を頂きたい為の修行でした。また、自分流に変えての実践では何も変われないことに気付かせて頂きました。今、お姑さんは、お姑さんにしか出来ないことを、私に伝えてくれていると思えました。

我を取るには人と人との関わりでしか取れないと教えて頂いたように、一人でも多くの方と出会わせて頂きます。地区家族を目指し、真の信仰者にならせて頂けるように学び、実践していきます。