2013.01 30歳代 男性 「家族」
父は公務員で決まった時間に必ず帰り、一緒に遊んでくれるよい父親でしたが、毎日夫婦喧嘩が絶えず、その度に怯えていました。幼稚園の年長の頃のある日、母に「旅行にいくので、荷物をまとめなさい」と言われました。タクシーが付き、自宅を出ようとした瞬間、ひどい腹痛でトイレに駆け込みました。「何やっているの、もう置いていくわ」とその言葉を残し、その日を境に母に二度と会うことはありませんでした。男手ひとつで私たち兄弟3人を育ててくれましたが、私が小学2年の時に父は再婚しました。佼成会に入会していた母に連れられ延岡教会に行くようになり、母は支部長、父は少年部長のお役を頂き、兄弟も少年部活動に参加するようになりました。

とっても幸せな毎日でしたが、5年生の時母の前夫がガンで亡くなり、母の子ども二人が我が家に来ました。一緒に住み始め「お前達親子がお母さんを奪った。一生怨んでやる」の言葉にショックを受けました。私も母を失った悲しみや苦しみを知っていたからです。それからは我慢をするようになり、窮屈な家にいたくないと思い、アルバイトを掛け持ちをしていました。当時の教会長さんが気に掛けて下さり、高校生練成に参加しました。唱題修行で涙が溢れ、親不孝な自分に気付き、帰ってからお詫びと感謝の気持を伝えました。学生部活動に真剣に取組み、H4立花産業に入社の手配を頂き、H22年大阪へ転勤、保険の部署への配属になりました。サンガのみなさまに支えられ、全国一位の実績を頂いています。

私は豊中教会で、トップリーダー教育に選ばれた5年生の長女、3年生の長男、婦人部長の妻との4人家族です。先日娘が暗い顔で帰ってきたので、家族4人で娘の話を聞きました。過去に傷つけられたAさんが孤立し、今度は自分たちのグループに入りたいと言われ、「いいよ」と言ったものの、どうしても受け入れられない思いでいると悩んでいました。今年一年間学んだトップリーダーの教育ノートを持ってこさせ、そこには「すべての物事の結果は、ふれ合い方によって変わる。結果を良くしていく鍵を握っているのは自分」と長女の字で書かれていました。それにあてはめて話をしても長女は納得できなかったので、視点を変えて今回の件で得られた功徳を探したところ、今回グループからはみ出したことで、他にも一人でいるクラスメートと話が出来たこと、心配してくれた友達がいてくれたことに気づき、表情が明るくなりました。子どもの話をきちんとかみしめられる親にならせて頂いていると気づけました。

今では母の子供2人と私たち兄弟も仲良くなっています。これからもご法を中心とした斉家を目指し、努力精進して参ります。