2011.10 50代 女性 「母の思い」
私が小学6年生の時に、父は仕事で岡山から淡路に来ました。兄二人と母は夏と冬の休みには淡路に手伝いに来ていましたが、忙しくなり淡路に住むことになりました。飯場での男性ばかりの生活で娘を連れて行けないと、私だけ鳥取で高校まで一人で生活しました。時々父は来てお小遣いをくれたりしましたが、母は一度も会いに来てくれませんでした。

就職し、父が一緒に暮らしたいと言ってくれたので、親孝行と思い帰りましたが、母とはしっくりいかず、早くここから逃げ出したいと結婚しました。母は兄が全てでした。
入院していた母は、最後のお願いと東京の兄のところに行きたいと泣きながら訴えました。「子供の側で一緒に暮らしたい」という母に「私もお母さんの子供違うの」と言うと「長男が一番かわいい」と言われ、言い返すことが出来ませんでした。でも願いを叶えてあげたいと兄に頼み、了解してくれました。30年いつも側にいた私より、一年に一度しか会わない兄を母は選んだのです。

その後も兄達ともめ、母から「お前を生まなければ良かった」と言われ、脳裏から、その言葉が離れません。親も兄妹もいらない、私の家族だけ大切にしようと心に決めました。苦しい時支えてくれたのは、家族とサンガです。とても感謝しています。相田講師さんに話を聞いて頂き、「辛かったね。お母さんは貴方が受けたら兄妹の争いが終わると、貴方を信頼して言いたくない言葉を出したんよ、お母さんも辛かったんよ」と言って下さり、母の思いが分り楽になりました。そして念じることの大切さを教えて頂きました。

その後東京に転勤になった娘が土日に母の看病に行ってくれていることが分り、兄から「いい子に育てたな。ありがとう。助かる」と言ってくれ、本当に嬉しかったです。法座で教会長さんから「娘さんが親を思う子に育ったことに感謝ですね」と言って頂き、日頃娘が「お母さんの子供でよかった」と言ってくれていることに感謝できてなかったこと、そして母に対しても感謝できてなかったことに気付かせて頂きました。この事を通して、全て仏さまの手の中で生かされ、無駄なことは一つもない事を確信しました。これからもコツコツ修行精進して参ります。