2011.03 60代 女性 「漠然と生きてきた」
昨年教師候補者養成教育を学ばせて頂き、ありがとうございました。声をかけて頂いた時は心配でしたが、支部長さんは「大丈夫。とてもありがたく人生を送れるお勉強だから、学んだことを一人でも多くの人にお分けして、自分を磨いていきましょう」と励まして頂き、仕事仕事と自分本位に、漠然と生きている私に気づき、恥ずかしい気持ちになりました。

主人は酒好きで娘を抱え必死で働いてきました。その頃、私は今は亡き教務員さんに導かれご法の縁にふれました。ぎすぎすした冷たい心で、主人をたてていない自分に気づき、心からお詫びができました。建築の仕事をしていた主人は、アスベストのせいで肺の病気ですが、今は昔のことが嘘のように、毎日買い物をして、食事を作ってくれ、心がやすらぎ感謝しています。

研修が始まったころ、娘から夫に女の人がいて帰ってこないと電話がありました。うつ病になり、2度も自殺未遂をして離婚となりました。「私がこんなになったのはお父さん、お母さんのせい。私は一人ぼっちで淋しかった」と初めて心の内を話してくれ、主任さんに聞いてもらいました。娘は今までよく辛抱し、今は羽を休めていること、仏さまから私の心を耕す機会を頂いたことを教えて頂きました。また、法華経の16番の研修の中で、講師さんにも「他事を示すだね」と言って頂き、仏さまの出されたことと思え、羽を休めている娘にどこまでも優しくなれる、善き母になる為の努力をしています。

追善供養をすると、父と母に心配をかけてきた自分の姿が思い出され、今ある命に感謝し、4人の方を導き、一生懸命お手取りをしています。支部の皆さんが、娘に心を寄せて下さり、「お母さん、私少しずつ回復しているよ」と言ってくれます。今年の寒中読誦修行では、私より先に起きてお茶を入れ、送り出してくれました。ありがたくて夢のようでした。

日々次々起こる物事を、苦労の人生を送るか、有り難い人生を送るか、私の心の在り方の大切さを実感しています。仏さまに守られていることに感謝し、明るく、温かく、やさしい人間になれるよう、仏道を歩みます。