2010.05 50歳代 男性 神戸教会発足60周年記念式典での説法 「余命半年」
去年一月膵臓がんの告知、手術は無理、抗がん剤治療を始めました。余命一年もたない、まして肝臓に転移しているので5〜7ヶ月だろうと言われ、教会長さんに家族でご指導いただきました。「あなたのお父さんは迷いはないと思います。壮年部のことや仕事の事を心配しているでしょう。お父さんに安心して貰える家族になる事です。そしてお父さんの生きざまを見ていくことが大切です」と言って頂きました。

死が現実に目の前に迫ってくると、無念さと恐怖心と相まってその場から逃げたいと叫びだしたい思いになりました。しかし、自分が崩れたら、家族が崩れてしまうと思うとしっかりしなくてはと思いました。安心できる家族、自分にできる優しさの実践について考えました。経済的や介護の事、子ども達へ将来してやれない事などを考えると、申し訳ない気持になります。家内は「すまないはもう止めましょう。これからはありがとうの感謝の気持で行きましょう」と言ってくれ、熱いものがこみ上げ、沈んだ気持が明るくなり、生きようと前向きになりました。

教えによって善き師、善き仲間に出会え、仕事をさせてもらい、何より素晴らしい伴侶や息子や娘に恵まれ本当に幸せでした。残された時間を、精一杯生きよう。自分で命を決めるのではなく、仏さまのみ心のままにとにかく生きよう!治療は順調、しかし痛みが激しくなる。ガン告知の後、余命を越える4月の説法を誓願し、周りからお説法が楽しみと励ましてもらうのですが、むなしくなる事もありました。ご供養の導師のお役を努めると、守られているように思え落ち着きました。「人生と宗教について」の研修講師を務め、「第1は不安をなくす、第2は人格完成、第3は社会への貢献と善行を積むこと」を教えて頂きました。

副作用の痛みの中、躍進の開祖さまの言葉で「目に見えることが功徳ではなく、善根を積める自分になれた喜びこそが最高の功徳です。毎日起こってくることが、仏さまの手配と素直に受け取れるようになることです」と教えてもらい、生きる勇気がふつふつと湧き、周りへの見方が変わってきて、激励が重荷ではなく有難いと感謝になりました。私は、教えにめぐり合い、信じ、実践することで、ただ生きているのではなく、皆さまと共に仏に守られていることを実感しました。皆さんの祈りのお陰さまで、今お説法をしています。私は次の夢に向って、生きていきます。